大学入試 通塾体験記 ~早稲田大学 合格!
2012年 4月 25日

~保護者の方から~ 
第一ゼミナール 通塾体験記

息子は、小学校5年生の時、親友のN君が誘ってくれて、第一ゼミに通い始めました。大きくて頼もしい塾長にお会いして、信頼して子供をお任せする気持ちになりました。入塾試験もないし、期末にはお楽しみ会がある、楽しくてのんびりしたいい塾だなあ と思って、小学生一杯お世話になりました。

中学生になって、「期末試験」というものを子供が初めて受けるようになって先生方の雰囲気が変わってきました。先生方のお話や子供を通じて、第一ゼミの子供たちがそれぞれの学校で勉強に、部活に活躍していることが判ってきました。特に息子の同学年には極めて優秀な女子たちが集結していたようです。第一ゼミの時間割は始終変わります。それは、子供たちが部活に入る時期、学校に慣れる時期、部活を引退する時期、勉強に打ち込む時期、を細かく配慮して下さり、各学年のバランスが一番いい時間配分になるように、ていねいに子供たちの様子を見ながら調整されているからです。

息子は小学校から柔道を習っていました。「柔道がしたい」といって都立で一番柔道が強い駒場高校が第一志望でした。受験当日、第一ゼミの先生方に三鷹駅で送り出していただき、見事合格し、いよいよ、あこがれの駒場高校柔道部の生活が始まりました。

駒場高校は本当の意味で文武両道を目標に掲げる素晴らしい高校でした。同級生の女子は全国大会進出を果たしました。そのことから、体力の面で本人は相当苦労したようです。

一方、高校時代の勉強は、勉強することの本当の面白さに気づくため、大切な時期だと思います。日本史を教えて下さった第一ゼミのS先生は、歴史の海の中で、光輝くエピソードを巡る楽しさを教えて下さいました。中3時代の最強の「女子たち」もこぞって第一ゼミ高校部に参戦してきてくれました。

「大学はどうしても早稲田に行きたい」といって息子は全く志望大学に迷いがありませんでした。第一ゼミの早稲田出身の先生方へのあこがれもあったのかもしれません。学力からは高望みだったのですが、第一ゼミの先生方はサポートを約束して下さいました。息子たちの柔道チームは6月のインターハイ都予選に焦点をあて、大きな大会の地区予選と都予選が交互に続く中、全力で部活に打ち込んでいました。

いよいよ部活引退の日

第一ゼミの先生方と仲間が都大会の会場である水道橋の講道館に応援に駆けつけて下さいました。皆さんの見守ってくれる中、息子は最後の試合に臨み、インターハイには届きませんでしたが、一番のびのびと力が出せた大会だったと思います。

試合が終わって先生方と講道館を後にすると、控室の息子から塾長に電話がかかってきました。
「オレ、たった今から受験勉強がんばります。」との決意表明だったそうです。その晩は、夜遅くまで第一ゼミに行っていました。

その日から、先生方と二人三脚の大学受験準備が始まりました。息子は高2でお世話になった日本史のS先生の教えを忠実に守り、詳細な「サブノート」を作り始めました。英語でお世話になったT先生との個人指導の教室からは、外まで先生の声が響き渡っていたそうです。最強の「女子たち」の背中が時には近く見える時も出てきました。この年は、高3生も「受験合宿」に連れていっていただけました。中3の真面目な受験生達に「都立駒場はいいよ」と話をしてあげられたこともいい体験だったと思います。秋の英単語マラソン、日本史マラソン、お正月センター模試 等、先生方の工夫に満ちたご指導が続き、いよいよ受験シーズンを迎えることとなりました。

準備期間が短いこともあり、息子の受験は苦戦続きで、本命の早稲田を残し、併願校で殆ど合格がとれませんでした。その中、あこがれが先走り受験した日大芸術学部に合格することができました。日大芸術学部は、筆記試験のあと、面接があるのですが、第一ゼミのT先生は面接にあたり、息子に秘策を授けて下さったようです。

日大芸術学部合格で流れが変わったように思います。最終的に、受験した学部の中で一番難しかった早稲田の社会科学部に合格することができました。

実は、このような受験生活は、親の私のあこがれでした。小さい頃からお世話になった先生に囲まれて、手作りの対策で厳しい受験に立ち向かう。このようなことが実現できたのは、第一ゼミの先生方それぞれの優秀さと、子供たちを丁寧に一人ひとりみていただいている姿勢のお蔭だと思います。自分がゼミ生ではないのに、親として胸が一杯です。

息子が、先生方から受けたご恩を決して忘れず、人のためになる仕事が出来る一人前の人間になることを願って、私の体験記を終わりたいと思います。

第一ゼミの先生方、本当にありがとうございました。(再び、N君、ありがとう!!)

卒業生 G.O.